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わたしと有機農業

■わたしと有機農業

 わたしが有機農業を始めたのは一九七一年三月、農林水産省の「農業者大学校」を卒業したときでした。
在学中に私なりに考えました。
ちょうど卒業の前の年に減反政策が始まり、この政策で農民はやる気をなくすだろう、将来はおコメも自由化されるかもしれないと思ったものです。
ちょうど起こったイタイイタイ病、水俣病といった公害は環境が汚染され、食べ物が汚れてゆく中で起こったのです。
これらの時代背景にあって、これからの農業は「安全でおいしく、栄養価のある」ものをつくり、豊かに自給していくことではないかと感じました。
まず自分自身や家族が自給し、その延長で地域の人たちや消費者と結びついていく。
そして町単位で豊かな自給ができていくことがだいじだと思いました。

金子美登・友子


■有機的な循環

 安全でおいしいものをつくるためには、化学肥料や農薬を使わずに、自然の有機的な循環を利用して農業をすることです。
有機農業を三十年近くやってきて心打たれるのは、「自然は見事に循環している」ということです。
自分の田畑で収穫したものを食べ、そこで出された生ゴミや、作物のくずや雑草はニワトリなどの動物の餌になり、残った部分と人間や動物たちから出た糞尿、山から集めてきた落ち葉が堆肥となって畑や田んぼの作物の栄養になります。
その循環の中にはダイオキシンや環境ホルモンにつながるような毒は含まれておらず、本当にみごとな循環です。
この循環を上手に生かした農業を行えば、農薬や化学肥料を使わずに十分やっていけます。
また、生ゴミや糞尿はバイオガスという自然エネルギーとして生かされていきます。
エネルギーも自給できれば本当の自立につながっていきます。
限られた地球資源をムダにすることなく、自然の循環の中にエネルギーも入れていく。
今私は石油や天然ガスとは違って、尽きることのない自然エネルギー(太陽エネルギーも)を生かすことにたいへんな関心を持って実践を始めているところです。
ウシ


■田畑とウシとニワトリと

 わたしのうちの門に入ると、すぐ左手に築三〇〇年を数える母屋、母屋の前には樹齢二〇〇年を超えるマツとカキの木、右手には研修生などが暮らす新しい家があります。
それを過ぎると左手にウシ小屋、右手に作物を仕分けする調整場、ウシ小屋の奥には平飼い用の鶏舎があります。
もう少し進んで行くと、二棟のハウスが並び、その先には幾種類もの野菜が育つ畑(約1.3ヘクタール)が広がっています。
そして別の場所に田んぼ(約1.5ヘクタール)があります。
田畑とウシとニワトリと、これが、有機的循環を可能にする、わたしの有機農場なのです。

わが家では、家族と仲間が必要な牛乳と卵、田畑で必要とする糞の量、家畜の食べ物になる草の自給などを考えて、現在、ウシを三頭と二〇〇羽ほどのニワトリを飼育しています。

有機農業をするには、田畑1ヘクタールにウシ一頭というのが適正規模ではないかと思います。
そうすると、山を含め、田畑や家畜たちの循環がみごとに行われ、むだなものはなにひとつ出ません。
わたしたちは自然からいただいた恵みの中で生きているのだと実感させられます。
京菜


■有機農業は生き方

 食べ物は命の糧、命を育んでいくものですから、安全でおいしいものでなくてはなりません。
そして食べ物をつくることで自然が破壊されてはなりません。
だから有機農業をするということは、化学肥料や農薬を使わないということだけでなく、地球の環境を守るということまでも視野に入れた、生き方そのものになると思います。
キャベツの芽吹き


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